凶漢−デスペラード
車の中で澤村は、カッコつけ過ぎたかなと苦笑した。

ヤクザ者の父親が嫌いで、絶対、父親の跡は継がないと思っていたのに、結局はヤクザになってしまった。

極道の世界に入った時に、一番悲しい顔をしたのは、その頃付き合っていた女でもなく、ましてや大学の友人達でも無かった。

久美子一人だけが、本気で悲しい顔をしてくれた。

死んだ母親の苦労を考え、結婚はしないと、ヤクザの道を選んだ時点で心に決めた。

しかしその事は、家族を作れないという寂しさを心に植え付けた。

自分のやって来た事に後悔は無いと言ってしまえば、それは嘘になる。

だが、人生の最後の最後を迎えようとしている今、澤村の心は満ち足りていた。

その満足感が、一体、何処から来るものなのか言葉に出して上手く表す事は出来ないが、充分に判ってはいた。

車の窓からふと見た空に、幾つもの星が輝いていた。

奴らもこの星を見てるのかな…
しかし、ほんと不器用な二人だよな…

澤村は、久美子と竜治の顔を思い浮かべ、一人微笑んだ。

運転手は、バックミラー越しに見たその顔に不思議そうな視線を送っていた。




澤村の死は、竜治と久美子以外の人間に取っては、余りにも唐突だった。

何時、梅雨入り宣言が出てもおかしく無い程雨が続いた日、澤村は、大量の血を吐いた。

病院に運ばれた時には、もう意識は無かった。

息を引き取る寸前に間に合った竜治が目にした澤村の身体は、つい半年前迄の澤村とは別人だった。

胸が、人工呼吸器から送り込まれる酸素で大きく上下している。

それは、最早本人の意志によるものではなく、澤村という人間の尊厳を犯してるよにしか、竜治には思えなかった。

そして、澤村は逝った。

久美子は気丈に義兄を送った。

澤村の死。

暴力社会に与えた影響は、周囲の人間の想像以上のものとなった。

そして、その事で起こる波紋は、意外な形で現れ、終わっていた筈の暴力をも甦らせてしまう事になるのである。
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