凶漢−デスペラード
重い沈黙を振り払うようかのように浅井が、

「ヤンの奥さんて?」

その答えを西尾が言った。

「中村という姓を名乗っているが、元は林政一郎の娘さ。」

「フィクサーと呼ばれていたあの林政一郎ですか?」

「ああ、新橋の芸者に生ませた娘らしいが、晩年に出来たものだから、一番可愛がっていたようだ。」

西尾が口にした林政一郎とは、戦前から日本の政財界に暗躍していた右翼の大物で、その影響力はヤクザ社会でも大きかった。

中国大陸で、戦中は日本軍部の諜報機関的な活動もしたが、元々は、日本を食い詰めて満州に渡り、馬族の一団に身を投じていたのが、関東軍の目に止まった事で、大きな力を得るきっかけになったらしい。

晴美を新橋の芸者に生ませた時は、既に七十歳を越えていたから、正しく英雄色を好むの例え通りの一面もあった。

生涯十数人の子供が居たという。

九十歳でこの世を去ったが、その葬式は、マスコミにも大々的に報道された程であった。

竜治も今、西尾に言われて初めて晴美が林の娘だと知った。

聞いてみれば、成る程と思えた。

夫が刺されたにも関わらず、そのきっかけにもなった情報を冷静に竜治に伝え、話している時も感情の高ぶりは見せず落ち着いていた。

寧ろ竜治の身を安ずる位であった。

そういった気丈さは、林政一郎の血が色濃く流れているからなのかも知れない。

「ヤンの手下達は、ヤンを失い、今は混乱していますが、荘のグループがこの機会に上じて動き出すのは目に見えてます。いや、動き出しているのは荘だけじゃない……つい一時間前、現実に俺が襲われました。」

三人は顔を見合わせ、思ってた以上に事は急を要する事態になっていると認識した。

竜治は西尾の方を向き、強い口調で言った。

「年内には四代目を継ぎ、次の五代目の為の地盤固めをするなんて随分と暢気な事をおっしゃってるようですが、今でもその考えに変わりは無いんですか?」

「神崎さん、幾らあんたでもオヤジにそういう口を利くのは俺としては面白くねえなぁ、死んだ澤村さんとこの身内みたいなもんだったかも知れんが、少なくとも正式に盃を交わした関係じゃねえ。立場ってえものを少しはわきまえたらどうだ!」


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