凶漢−デスペラード
自宅マンションの前で、覆面をした数人の男に拉致されたと蒔田の内妻から警察に通報があり、警官が現場に駆け付けてみると、蒔田のボディガードが二人死んでいた。

翌早朝、手足を切断された蒔田の遺体が代々木公園内で発見された。

発見された胴体には、全部で六発の銃弾が撃ち込まれていた。

ヤクザの抗争史上、最も残虐な事件として、マスコミは終日騒ぎ立てた。

当然、犯行は尚武会に寝返った河田組であろうと考えられたが、実際は、河田が荘の手下に命じた事であった。

河田組の事務所は、警官が常駐し、警戒に当たった。

河田と主立った者数人が、警戒の目を盗んで事務所を出、姿を消したのは、蒔田の通夜の日であった。





道行く者達は、裏社会での争いなど、映画やドラマの中で起きてる事と同じレベルでしか興味が無かった。

自分の身にさえ火の粉が飛んで来なければ、無関心でいられる程、世の中は動き回っている。

クリスマスが近い。

イルミネーションに照らされた街並の中で、久美子は店の客を見送っていた。

客がタクシーに乗り込んだのを確認し、店に戻ろうとすると、いきなり声を掛けられた。

「お久し振りです。お義兄さんの葬儀の時以来になりますか…お元気そうで何よりです。」

久美子は、本能的にその場から逃げようとした。

竜治との経緯は詳しくは知らない。

久美子が知っている事は、新聞やテレビで報道されてる事だけだ。

竜治は外での事を一切話していなかったからだ。

逃げる素振りを見せた久美子を、後ろから数人の男が取り囲んだ。

「……」

「まだお店をやってらっしゃるんですか…御主人はやり手の実業家になったというのに…まあ、実業家とは言っても、世間に表立って出れる人間ではありませんから、致し方ないかも知れませんね…」

「まだお店にお客様が残っていますので、特に御用が無いようでしたら、失礼させて頂きます……。」

「まあ、そうおっしゃらずに、少しは私との時間を楽しんで下さいよ…ちょっとしたドライブでも如何ですか?」

久美子は無言でその場を立ち去ろうとした。

囲んでいた男達が、いきなり久美子の口にハンカチを押し当て、引きずるようにして近くのワゴン車に押し込んだ。
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