凶漢−デスペラード
「この、死に損ないがぁ…」

竜治は、河田の首を絞めようとした。

今度は肩に痛みが走った。

河田の右手にナイフがあった。

組み合ううちに河田が馬乗りになった。

ナイフの刃先が喉元に迫っていた。

懸命に河田の腕を掴み、何とかナイフを奪い取ろうとした。

血で、掴んでいた手が滑った。

ナイフが竜治の顔面を掠めた。

左の耳に激痛が走った。

生温かいものが頬を濡らしている。

河田がナイフを両手で握り変え、真っ直ぐに振り下ろして来た。

咄嗟に身体を捻った。

ナイフは僅かのタイミングで狙いを外れ、肩に当たり、刃先が流れて背中に一筋の傷を作った。

勢いでナイフは床に突き刺さった。

河田の口から大量の血が吐き出され、竜治の顔にシャワーのように降り懸かった。

互いに全身が血みどろになっていた。

二人共、既に僅かな力も残ってなく、相手の首を絞める事も叶わない。

竜治の意識が霞み始めた。

目に血が入り開けられない。

自分の身体にのしかかっていた河田の重みが、不意に軽くなった。

見えにくい目で僅かに確かめると、河田が床に刺さったナイフを抜き取り、竜治に最後のとどめを刺そうとしていた。

死ぬ……

失いかけた意識の中で、竜治ははっきりとそう感じた。

逆手に持ち替えたナイフを振り上げた河田だったが、しかし、それを突き刺すだけの余力がもう無かった。

そのままの姿勢で、ゆっくりと前のめりに倒れた。

竜治は、身体を横に転がし、何とか起き上がった。

膝立ちになって、河田の方を見た。

妙な格好で倒れている。

膝と手で、にじり寄るようにして久美子の側に行った。

抱き起こそうとした。

無理だった。

久美子をこの場から動かすどころか、自分の身体すら思うように動かせない。

久美子…死ぬな…

大丈夫だ……

お前は助かる……

竜治は久美子を抱くようにして横たわった。

耳鳴りが止まり、遠くからサイレンのような音が聞こえてくるような気がした。

大丈夫…だいじょうぶ……

竜治は眠った……。



< 165 / 169 >

この作品をシェア

pagetop