凶漢−デスペラード
第五章…デスペラード
久し振りに渋谷の街を歩いた。

コートの衿を立て、首筋に当たる冬の冷たい風を防いだ。

道玄坂の街路樹にはイルミネーションが飾られ、クリスマスらしい音楽が気分を煽り立てる。

道行くカップルや若者達の笑い声が耳に飛び込む。

そういえば、もう一年になるんだなと、思い出した。

相変わらず、路上には客引きが居て、その中に中国人の娘も混じっている。

彼女達の逞しさは想像以上だ。

横を小走りで駆けて行く若い女の子がケータイで話しをしている。

「ごめんなさい、もうすぐ着きます……え?指名が入ったの?誰?……ウッソ…その客嫌い何だけど……だって、この前も指名したんだから本番させろってしつこいんだもん、嗚呼ぁ…なんかテンション下がったァ…」

他人に話しを聞かれようがお構い無しの風俗嬢。

百軒店のストリップ劇場からは、数人の男達が人目を偲ぶように出て来た。

ホテル街に向かうカップル達。

そして、クラブに向かう若者、外国人……

変わってないな……

古くからある名曲喫茶の前を通り、千代田稲荷の前に出た。

周囲の建物は、若干変わったが、この場所の空気は何年経っても変わらない。

そういえば、二人でこの小さな稲荷で手を合わせたのはいつ頃だったろう。

向かい側のダイニングバーから青白い灯りが漏れている。

ドアを開けると、リリリインと鈴が鳴った。

テーブル席に中年のカップルが一組。

カウンターには誰もいない。

厨房から黒いシャツを着たショートヘアの若い女の子が出て来た。

「いらっしゃいませ。」

そのままカウンターの席に座った。

一呼吸置いて、ママが焼きたてのピザを持って出て来た。

目と目が合った。

暫く立ち尽くし、ハッと我に帰り、手に持っていたピザを若い女の子に渡した。

ママの顔が少し歪み、唇を引き結ぶようにして、込み上げる物を堪えていた。

一筋、光るものが流れた。

「ママ……」

うん、うんと頷きながら目頭を押さえるママ。

少しずつ笑顔を取り戻し、深く息を吐き出した。

「久美ちゃん、元気だった?」
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