凶漢−デスペラード
女性と二人切りになって、心が落ち着く気分を感じたのは、生まれて初めてだ。
二十代の殆どを刑務所という閉ざされた世界で過ごして来たから、考えてみれば女とまともな付き合いをした事が無い。
十代の頃は、若さ故に、女は単なる欲望の対象物でしかなかった。
女から安息を得られるなど、考えた事が無かった。
久美子から漂うほのかな香は、香水ではなく、石鹸の匂いがした。
前にも感じた懐かしさは、石鹸の匂いだったのだ。
死んだ母親が、同じ匂いをしていた。
少しずつ酔いが醒めて行くに従い、久美子と二人だけで居る事に気恥ずかしさを憶え始めた。
出された紅茶をそそくさと飲み終えた竜治は、
「御馳走様でした…帰ります。」
「あら、どうして?何か話しがあったんじゃなくて?」
「…いえ、売り上げを持って来るつもりが忘れてしまっただけなんです。」
「そう…」
「それに、約束を思い出して……」
確かに、ジュリの事を今の今迄忘れていた。
「じゃあ、これで失礼します。」
玄関迄見送りに来た久美子は、
「いいなァ…可愛い人なんでしょ?」
「え?いや、そういうんじゃなくて…」
「うふ、竜治さんて嘘が下手な人なのね。顔に出てるわよ。」
「からかわないで下さい。」
むきになればなる程、何だか自分の心の内が見透かされて行くような気がして来た。
久美子に惹かれ始めている事を……
「ねえ、竜治さん…」
玄関を出ようとする竜治に久美子は、
「今度は、何か話したい事がある時は、ちゃんと話してね。」
竜治は無言で頭を下げた。
数時間前迄のたぎった血が、嘘のように鎮まった。
外に出ると道玄坂の並木の枯れ葉が竜治の肩にふわりと落ちて来た。
路上で客引きをしている中国人の女が、竜治を見て道を開けた。
「稼げてるかい?」
「ため、クリスマスちかいのにひまよ。さむいからみんなまっすぐかえるね。」
そういえばもうすぐイヴだ。
何故かジュリの顔と久美子の顔が、交互に浮かんだ。
二十代の殆どを刑務所という閉ざされた世界で過ごして来たから、考えてみれば女とまともな付き合いをした事が無い。
十代の頃は、若さ故に、女は単なる欲望の対象物でしかなかった。
女から安息を得られるなど、考えた事が無かった。
久美子から漂うほのかな香は、香水ではなく、石鹸の匂いがした。
前にも感じた懐かしさは、石鹸の匂いだったのだ。
死んだ母親が、同じ匂いをしていた。
少しずつ酔いが醒めて行くに従い、久美子と二人だけで居る事に気恥ずかしさを憶え始めた。
出された紅茶をそそくさと飲み終えた竜治は、
「御馳走様でした…帰ります。」
「あら、どうして?何か話しがあったんじゃなくて?」
「…いえ、売り上げを持って来るつもりが忘れてしまっただけなんです。」
「そう…」
「それに、約束を思い出して……」
確かに、ジュリの事を今の今迄忘れていた。
「じゃあ、これで失礼します。」
玄関迄見送りに来た久美子は、
「いいなァ…可愛い人なんでしょ?」
「え?いや、そういうんじゃなくて…」
「うふ、竜治さんて嘘が下手な人なのね。顔に出てるわよ。」
「からかわないで下さい。」
むきになればなる程、何だか自分の心の内が見透かされて行くような気がして来た。
久美子に惹かれ始めている事を……
「ねえ、竜治さん…」
玄関を出ようとする竜治に久美子は、
「今度は、何か話したい事がある時は、ちゃんと話してね。」
竜治は無言で頭を下げた。
数時間前迄のたぎった血が、嘘のように鎮まった。
外に出ると道玄坂の並木の枯れ葉が竜治の肩にふわりと落ちて来た。
路上で客引きをしている中国人の女が、竜治を見て道を開けた。
「稼げてるかい?」
「ため、クリスマスちかいのにひまよ。さむいからみんなまっすぐかえるね。」
そういえばもうすぐイヴだ。
何故かジュリの顔と久美子の顔が、交互に浮かんだ。