凶漢−デスペラード
「義兄は、貴方を何時も褒め、噂をしてるけど、やっぱり義兄と同じヤクザの世界に入るつもり?」

「澤村さんの力は、この先もずっと借りたいと思ってます。こうして自分を引っ張り上げてくれた恩もありますから。でも、盃を貰ってヤクザになりたいとは思ってません。まだハッキリと道が見えてるという訳ではありませんが、ここ何ヶ月かの間で、自分なりに判った事が一つだけあります。言葉で説明すると、ちょっと難しいんですけど、何事も本気になれば、必ず誰かがチャンスをくれるんだなって…失敗とか成功とかを初めから考えてちゃ何も出来ない、どうせ自分は最初から何も無い人間だから恐れるなって…そして、世間というものが、少しばかり判った気がしたんです。」

「どういうふうに?」

「世間というか、周囲の人間達が初めに抱いた評価以上の事を見せるというか、結果を出してしまうと、こっちが思ってる以上に平伏してくれるんだなって……。」

「そういう一面は確かにあるわね。世間の眼…大概真実を見ていないものよね。私も小さい頃からいろいろ後ろ指を指されて来たし、多かれ少なかれ皆、そういった経験をしてると思う。身近な例が竜治さんの周りには沢山あるわ…」

竜治は、久美子が言った、自分も後ろ指を指されてという言葉が気になった。

ヤクザの妹という事でであろうか。
或は、もっと複雑な事情があったのだろうか。

「ヤクザにならないって聞いて、少し安心したわ…」

ボトルに残されたワインを、二つのグラスに満たした。

竜治は、ワインが以外と酔うものだと感じたが、それは、ワインだけのせいではないという事も、薄々感じていた。

「何年振りかな…こんなに気持ち良くお酒を飲めたの…竜治さんに感謝しなくちゃね…ありがとう……」

「自分の方こそ感謝してます。正直言うと、こんな感じで女性と二人して酒を飲んだのは、初めての経験なんです。」

「そう言って貰えるのは嬉しいけど…彼女とは?」

「ジュリの事ですか?…好きかと言われれば愛しく思う事もあるからそうなんでしょうけど…」

「もっときちんとその子の事を見つめて上げなさい。私と約束して。一人の女もちゃんと愛せない男性なんかに、誰も付いては来ないわよ。彼女をお店の仕事に戻しちゃ駄目よ。」

まるで姉が弟を諭すような言い方だった。
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