凶漢−デスペラード

4…新しい仕事

数時間前に通ったエニグマの店前を素通りし、澤村の住むマンションに向かった。
一階のインターホンで来意を告げる。
応答したのは、本人ではなく女だった。
インターホンから聞こえて来る声が、美人を想像させた。
入口のロックが解除され、エレベーターで最上階迄上がった。
ドアの前に立ち、インターホンを押そうとしたら、女がドアを開けた。
「どうぞ。」
想像していた以上の美人だった。
促されるままに部屋へ通されると、広いリビングのソファに澤村が居た。
「よお。」
「お邪魔します。」
何とも言えぬ緊張感が背中を走った。
にこやかな表情を見せる澤村が、寧ろ竜治には底知れぬ怖さを感じる。
一見、やり手のビジネスマンといった風貌だが、眼の奥に宿る光りは、やはり暴力の世界でのし上がった者特有の怖さがある。
「楽にしろ。」
正面に腰を降ろす。
女が珈琲を持って来た。
「どうぞ。」
しなやかな指が、目の前を通り過ぎた。
「飯、喰えてるのか?」
「はぁ…何とか。」
「その様子じゃ、田代にコキ使われてばっかりで、まともに金貰ってないんじゃねえか?」
「いえ、それは無いです。」
本当は、はい、と言いたかった。
だが、ここで下手な事を言うと、後が面倒だ。
「奴さん、てめえが他人の上前を撥ねる事しか頭がねえからな…。」
「……。」
「神崎、店を一軒任すから、今日からそっちをやってくれ。」
「店…ですか?」
余りの突然の話しだから、竜治はよく飲み込めなかった。
「うちがケツ持ってたデートクラブのオーナーがパクられちまってな、元々結構流行ってて、女も上玉揃いだったが、そのまま閉めちまうには惜しいて事になって、オーナーから買い取ってくれという話しが回って来たんだ。」
「はあ…」
「うちのオヤジとは古い付き合いのオーナーという事もあって、俺にやらないかという事になったんだ。今日から直ぐにでも営業は出来る。売上の半分を俺に入れてくれたら、残りはお前の好きにしろ。」
「自分は素人で何も判らないんですが……」
「心配すんな。前から居た従業員が、まだ一人だけ残ってるから、現場はそいつにやらせて、お前は売上の管理をやってくれればいい。たまにトラブルがあった時はお前が表に出る事になるが、生安の方はうちとシンネコだから柄を持ってかれる事は無い筈だ。」
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