凶漢−デスペラード

4…ハート&ハート

竜治の日常が、ジュリの死によって変わったかと言えば、エンジェルキスが無くなっただけで、その分、河田からの仕事が増え、時間的な忙しさに関しては変わらなかった。
寧ろ、ジュリの死を忘れようとするかのように、竜治は眠る事を拒否した。

都会…それも、竜治達が住む世界では、一人の少女の自殺で時が止まる事は無い。
何時もと変わらない早さで時は過ぎて行く。

人の悲しみというものは、この街ではつれないもので、何時迄も心の中で立ち止まってはいない。

何時しかジュリという名の少女が、この街に居たという記憶も、皆の脳細胞から驚く程の早さで薄らいで行く。
薄ぼんやりと、頭の片隅に残るが故に、逆に残酷さを感じる。

中途半端な喪失感を胸に抱いたまま、竜治はその日、その日を過ごしていた。

ジュリが死んで一ヶ月ばかり過ぎたある日、久し振りに久美子と会った。

このところ、店の売上金は店長達に管理を任せていたから、澤村のマンションにも、余り顔を出していなかった。

センター街の入口付近で、久美子から声を掛けられたのである。

久美子が近くのレストランに食事を誘った。

ジュリの死を二人共、避けるかのようにして言葉を選んでいた。
当たり障りの無い会話……
互いにぎこちない言葉を口にすればする程、竜治は久美子との距離が離れて行くような気がした。

食事が済み、手持ち無沙汰のまま、どちらからともなく席を立った。

「これからお店なの……」

と久美子は言い、バックからマッチを一つ出した。

「忙しいでしょうけど、たまには気晴らしにでも来てみてね……」

手渡されたマッチには、ハート&ハートとプリントされてあった。
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