A病棟4号室
1 奈緒子
窓の外は暗い夜に包まれている。
いつも眺めている景色を眺めることが出来ず、彼女は深いため息をついた。
山と空の境目はどの辺りだっただろう?
冬が近づくにつれ、早々と黒く塗りつぶされた四角い世界を、ただただぼんやりと見つめ、しばらく物思いにふけっていた。
『仕事しよ。』
ふと我に返り、独り言を呟く。
多趣味な彼女は、特別な用がない場合は定時に帰り、その日の残りの時間を趣味に費やしている。
しかし今日は、まさにその日だった。
自由を奪われた彼女は、不機嫌そのもので、感情を隠すことなく再び仕事を始めた。
彼女の後ろでは、看護師がせかせかと走り回っている。
就寝前の薬を患者に飲ませ、寝かしつけるのに四苦八苦しているようだ。
彼女は気にも留めず、ナースステーションの隅にある机に座り、黙々と書類をまとめている。
彼女の仕事は、クラークと呼ばれる病棟の事務である。
朝から看護師に振り回され、午前中を棒に振った。
そのせいで、明日までに揃えておかなければいけない書類が、殆ど手付かずの状態で残っている。
それだけで、彼女の機嫌を損ねるのには十分であったが、どこからか流れてくる季節外れの生ぬるい風が、さらに彼女の機嫌を逆撫でした。
誰か廊下の窓を開けたのだろうか?
夜勤の看護師に声をかけようとしたが、日中の事を思い出すと、看護師と言葉を交わす気にはなれなかった。
奈緒子は、もう一度ため息をついた。