おかしなあなた
「わたし、赤ちゃん作れない体なの」
と彼女は涙をいっぱい溜めながら言った。
「ほんとはわたしが身を引くべきなのかもしれない。わたしは碧に男性としての楽しみを与えられない。でもわたしは碧を失ったら…。」
彼女は痛かったよね、とつぶやきながらわたしの頬をさすった。
この人、ナナさんも苦しかったんだ。ほんとは浮気なんかしてほしくない。でも自分じゃ相手をできない。だから黙ってるしかない。今まで溜まったものをやっと今日吐き出したんだ。

少なくともわたしは今日まで幸せだった。
何も気づかず、何も知らず、陰で人知れず泣いてる人がいることも。

「さよなら…」
わたしは彼女の手をそっと外して来た道を走った。
途中、碧くんとすれ違った。
思わずわたしは足を止めそうになったけど、そのまま走った。
これはわたしの最後のかけ。
碧くんが振り向いて、わたしに気づいてくれたら、少なくともこの気持ちをぶつけてやる。








でも碧くんは結局気づかなかった。
わたしは制服だったし、気づかない方が無理があったと思う。その日碧くんはケーキの箱を持っていた。大事そうに、傾けないように慎重に歩いてた。

わたしにはあんな食べさせ方したくせに。

そう思うとまた気分が悪くなって、わたしは足を止めそうになる。
でも走った。走って、走って、自分に付いた'浮気相手'の汚れを吹き飛ばしたくなったんだ。
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