夜明け前
 「楽しいことなんて、もう無いわよ」
 「どうして?」
 「だって、わたしたち、これから大人になるのよ?」 
 麻里子はにっこり笑ってそう言った。
 佳奈子は、体が凍りつくような寒さを覚えた。
 
 佳奈子が中学の時の友だちに会って話すとホッとするのは、まだ自分と感覚が似ているからかもしれない。世の中批判や教師批判、学校批判をする友達も居る。
 みんながみんな、それをどんなふうに思っているのかは分からないけれど、ベルトコンベアーで流されている友達は、まだ居ない。諦めなければいけないことにも、抵抗しながら苦しみながら生きている。
 やらなければならないことと闘いながら、その中でも自分の楽しみを見付け出そうとしている。大人になることは、楽しみを諦めてしまうことなんかじゃない。
 大人になることは、夢とか希望とかを諦めることなんかじゃないはず。
 別に青春とかなんとかって熱くなるつもりはないけれど、そんなしらけた生き方を当たり前のように受け入れるような生き方は嫌だと思った。
 ここは、そういう生き方をヨシとして、そういう生き方を教えているような場所だ。
 だから、馴染めない。自分が同じようにそんなふうになっていくのが堪えられない。
 そんなに急いで大人にならなくてもいい。
 もっと、子どもで居ていい。もっと感情のままに生きていい。
 もっと、怒ったり泣いたり笑ったりして、傷ついたり苦しんだりしてもいい。
 そのほうが、きっと楽しいことも多くて、喜びとかしあわせとかもたくさん感じることができそうな気がするから。
 
 昼休みになると、中庭のベンチにすわって、なんでもない時間が過ぎていくのを感じて安心することが多かった。誰かと話していたら心がきりきりしてくる。
 流れている時間が同じではないのを感じてしまう。
 風がゆっくりと流れ、落ちている小さな葉っぱを一枚二枚、ゆっくりと運ぶ。
 もっとゆっくり、もっとゆっくり、急がないで時間。
 佳奈子は、いつも願うように風の流れを見ていた。
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