夜明け前
 そんなことは、分かる者だけで大事にしていけばいい世界だと思った。
 実際、ユウスケには、電話の向こう側にいる佳奈子のことなんて何一つ知らなかったが、不思議に、いろいろ知っていると思い込んでいる現実の知り合いより、ずっと信じられるような気がした。それが何なのか、聞かれても、そんなことはうまく説明できるはずもなかったが、そう感じた。
 そして、今、そんなふうに感じたばかりの「未来への扉」をすぐには失いたくない気持ちになっている自分が不思議だった。しばらくは、誰にも邪魔をされたくないようなそんな気持ちだった。
 今の自分の心が空っぽだから、そんなふうに思うのかもしれない。
 見えないものに拠り所を求めているのかもしれない。
 実際のところ、分からなかった。
 分からなかったが、でも、今は、それでもいいと思った。
 
 「おまえ、ヤケになるなよ」
 アオキは、急に黙り込んだユウスケを心配して覗き込んだ。
 「なんで、俺がヤケになると思うんだ?」 
 ユウスケは、ちょっとムッとした。
 「いや、そうじゃないならいいんだ」
 アオキは、慌ててそう言った。
 自分のところから彼女が居なくなったことを、どうやらみんな知っているらしいことをユウスケは感じた。ため息が出た。
 「ヤケになるようなことなんて、何もないよ」
 ユウスケは、アオキの方を見ないでそう言った。
 アオキは、曖昧に頷いた。
 「いや、それならいいんだよ」
 「俺、そんなにナイーブじゃないからさ、いろんなこと、引きずらないんだ」
 ユウスケは言いながら自分は案外、見栄っ張りで嘘つきだなと思った。
 そして、それが強がりなことくらい、いくら鈍感なアオキにでも簡単に見破られているだろうなあと思った。
 
 
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