夜明け前
「はあ?どちら様だぁ?」
かなりキレたような声。
「あの、あの、どちらへおかけですか?」
「どちらって、おまえ、マキだろうが」
「だから、違いますってば」
「ええっ?」
「よく聞いてください。声が違うでしょう? わたしはマキさんではありません」
しばらくの間、沈黙が流れた。
相手も、それでようやく落ち着いたようだった。
「状況、わかっていただけましたか?」
「あー・・もしかして、最近、ケイタイを買ったばかり・・とか?」
「はい、ほんの一週間前くらいに」
「なるほど。つまり・・前の持ち主は解約をした・・ということか」
「それは、分かりませんけれど、たぶん・・そういうことかと」
男が困惑している様子が伺えた。
はあ・・という深いため息が聞こえた。
「あの、ごめんなさい」
佳奈子は、何だか相手に気の毒な気がして、咄嗟に謝っていた。
「いや、きみが謝ることじゃないよ」
男は、苦笑してそう言った。
佳奈子は、何だか気になって電話を切れずに居た。
だからといって、何もいう言葉がなく、何も話すこともなく、ただ黙っていた。
電話の向こうから、何かなつかしい曲が聞こえていた。
こちらこそ、悪かった、こんな時間に。という言葉の後に、電話は程なく切れた。