夜明け前
 佳奈子は切れたあとも、しばらくケイタイを見つめていた。
 よく分からないが、その電話は現実とは違うところからかかってきたような気がしていた。自分の全く知らない誰か。そして、自分を全く知らない誰か。
 なぜだか、気持ちが軽くなるのを感じた。どうでもいい安心な相手だった。
 彼にとっては、不幸な出来事だったかもしれない。
 誰だか知らない大切な人と連絡を取ることができなくなってしまったのかもしれない。彼は、また、その誰かと再会することができるんだろうか・・。
 そんなどうでもいいことを考えたりした。
 
 さっきまで誰も居なくなったホームに、また人が集まってきた。
 制服姿の学生に混じって出勤族の大人たちが、みんな朝から疲れきった顔をしている。みんな、きっと、行きたくないのに行かなければいけない場所があるのだろう。
 そして、そんな毎日の積み重ねの延長線上に、何かすばらしいことが待っていると信じているのだろうか。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 (もしかしたら、今日は行けるかもしれない)

深い意味も無く、佳奈子はそう感じた。遅刻して学校に行くことは休むことより嫌いだと思っていた。途中からのこのこ行くくらいならサボってでも休む、そう決めていた。
 でも、今日は、遅刻してでも行けそうな気がする。それどころか、地下鉄降りてめちゃくちゃ走ったら、ぎりぎり間に合うかもしれないとさえ思った。
 なぜだろう。
 佳奈子は見つけた気がした。現実では無いどこか知らない世界との通路を。
 本当は、そんな訳は無いのだけれど、でも、もしかしたら、そうかもしれない。
 
 
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