低温の哀で君を壊す
「奏、ママを困らせないでちょうだい」
だだをこねはじめた奏に母親を深い溜め息を吐き出して掴まれた手を振り払う。
バタン。閉まるドアの音と奏の泣き声だけが寂しく響き渡った。
いまだ俺はドアを睨み付けながら奏をぎゅっと抱き締める。腕の中で「ママ、ママ」と繰り返し泣き叫ぶ奏を見てると切なくなった。
俺がしてあげれることは限られているけど
「大丈夫だよ。にーにが一緒に居てやるからな」
こうやって、そばに居てやることくらいはいくらでもできる。
あやすように背中を優しくさすってると、この荒れる心も少しだけ穏やかになった。
『ママを困らせないでちょうだい』
出て行った人間の消えない匂いは空気に中和してどこに向けたらいいのか分からない気持ち悪さにぐっ、と唇を噛み締める。
冷たい言葉。冷たい視線。なんて親だ。
甘えたいって思うことがそんなに悪いことなのか?
奏はただ純粋に母親を必要としているだけなんだ。俺はもうアンタなんかいらないけど奏は違う。こんなに小さいのに、泣いてるのに見て見ぬフリ。
両親はこの頃にはすでに放任主義で、それこそ家事全般はこなしても育児というか俺たちに関してはかなり無関心に近い状態。
「好きにしなさい」が口癖のようなもの。
衣食住生きていく上で困らない生活はちゃんと保証されていて親として最低限の義務も果たしていた。
でも、一番大切な何かがくっきりと欠けていた。
前からそうだったけど最近は更に悪化している。