少年少女リアル
 ネクタイを解くと、向井さんは僕にそれを渡した。

「自分でやってみた方が覚えやすいと思う」

手先は別に不器用じゃない。むしろ器用な方だと思う。
ネクタイを襟へ滑らせ、さっき見た通りに結んでみる。

「そこは上だよ」

「こう?」

「違う違う、その逆」

逆って、どの逆だ。
僕の理解力が低いのか、向井さんの説明が下手なのか。手を放すと、ネクタイは簡単にほどけていった。

「やって」

もどかしくて堪らなかったのか、向井さんは僕よりも幾分も手際良く結び目を作った。

「さっきのところ、こうだよ」

「ああ」

自分の胸元に当てられた手に、ドキリとした。自分以外の、細い指がシャツ越しに触れる。
彼女の顔がこんなに近くにある事に、目が合ってようやく気が付いた。
彼女が慌てて視線を逸らす。僕と同じ事を考えていたのだろうか。そうだとしたら、まずかったな、と思った。

「なるほど。で?」

空気を察したわけではなさそうだが、冴木が口を挟んでくれた。調度良く。
促され、指事語を加えながら向井さんは手を動かしていく。恐る恐る、僕に触れてはいけないかのように。

僕は正直それどころじゃなかったけれど、ネクタイにのみ焦点が合うよう神経を集中させる。
けれども。覚えるつもりが、「フリ」にしかならず、ほとんど頭に入って来なかった。
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