失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
『私はその者とようやく話のケリを
つけたが、その事の負担により吐血
したのだと思う。話し合いが長引き
私はその者が私に対して思いがけな
い執着を持っているということがわ
かった。到底愛情で結ばれていると
は思えないような互いの関係だった
はずが、その者は私とは違う感情を
私に対し抱いていたのだと知った。
だが私は自分の決意を通した。しか
し息子はあの男と別れた日を境に私
の元へ来なくなった。私が書いたメ
モはなぜ消えたのか?私は吐血した
直後に救急車が来るまでの間倒れな
がら自分で書いたメモをあいつに分
かるように玄関の目に着く場所に置
くようその者に頼んだのだ。彼は承
諾しそのメモを持って玄関に向かっ
た。その後は私は意識不明となり、
気づいた時には病院のICUにいた。
だがあいつはあのメモを見つけなか
った。私は息子に再び捨てられたと
思っていた。しかしそれは当然だと
も私は思った。むしろ一度でも会え
たことに感謝せねばならないと思っ
た。そしてあいつは一度ならず何度
も、いつものように我慢して私に付
き合ってくれたに違いないのだと。
だが君が来てくれたおかげで事実が
明るみに出たのだ。目を覆いたくな
るような犯罪が行われたという恐る
べき事実が。
状況、タイミング、そして動機…
この事件にその者が関わっている
としか思えない。残念だがそれ以外
考えようがないのだ。この事件が彼
の仕業なら、私は死んでも息子に詫
びようがない。この事は直接あいつ
には言えないが、君はうまく判断し
てくれると信じている。手掛かりは
その者の連絡先だけだ。番号を別紙
に書いておく。私では連絡がつかな
い。ただ危ない事はしないで欲しい
のだ。少しでも君らが今後あるかも
知れない危険を回避すること、それ
に役立てて欲しい。
君には本当に感謝している。あいつ
の傷をどうか癒して欲しい。
ではまた生きているうちに会えた
ら、幸せに思う』