失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
誘惑
僕は待っている
兄が此処に帰って来てくれるのを
僕は待っている
夜の暗い部屋で
独りで…
結局
結論は出なかったことに気づく
兄の罪悪感
産まれた時から積み重なって
解けない根雪のように
圧し固められて冷たく兄自身を
拒絶する氷の壁
僕がどれほど泣いても喚いても
手首を切っても
どうすることも出来ない
なぜこうなってしまったのだろう?
僕が若すぎるからだと
兄は言う
なんの理由にもならない
僕にとってそんな理由は
ただの言い訳にしか聞こえない
あの時僕と離れて
生きてる理由がなくなった
兄貴はそう言ったじゃないか?
すべてが空虚でなんの意味もないと
兄貴がそうであるように
僕も…いや僕こそ
兄と同じ空虚が残るだけ
生きてる理由がない
兄のいない世界など…
それなのに
それなのに
罪のために生きる意味を捨てるの?
なぜなんだ?
なぜ!?
また同じだ
いつもここに戻ってくる
結論は出ない
何かが足りないんだ
何かが
兄の罪の意識の深さを
僕が理解出来てないからなのか
僕はその堂々巡りの中で思った
兄には僕にも話せないことが
まだあるのかも知れない
と
兄の父の負の遺産
あの人の謎はまだ
解明されてはいない
兄の凄惨な告白をいくつも聞いた
それともパンドラの箱は
まだ開ききってはいないのか?
僕は自分の仮説に身震いした
これ以上…なにを?
想像のつかない闇の深さを
僕は理屈以外の場所で感じていた