失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「もしもし?…聞こえてます?」
本当につながってしまった
声が出ない…どう対応したらいいか
なにも思いつかない…!
「どちら様ですか?」
何も思い浮かばない
「もしもし?聞こえてますか?
もしもし?…もしもし…」
駄目だ
どうしよう
僕は黙ったまま
その電話を切っていた
寒い部屋で僕はびっしょり
汗をかいていた
落ち着いた若い男の声
ヤクザじゃない
落ち着いた…しかも丁寧な
僕はその印象に面喰らっていた
想像と違い過ぎて
しかもどう切り出したらいいかも
電話した目的も分からなくなるほど
頭の中が真っ白になってしまい
お話にならない
番号間違えたのか?
発信履歴を確かめる
合ってる…
僕の怒りはすでに萎えていた
策なしって
まったくお話にならない
自分のお粗末さに萎える
バカそのもの
僕に初めて「作戦を練ろう」
という発想が芽生えていた
こんなので兄に届くのか
僕の気持ちも現実も
完全に暗礁に乗り上げた船
みたいだった