失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
取引はバーター
つまり等価交換だ
情報にはそれに見合う情報をもって
秘密にはそれに見合う秘密で…
幸いなことは僕の情報量は
兄よりも兄の父よりも多いことだ
二人からの情報が入っている
二人は互いに知らないことが
僕の中で統合される
もし仮に電話の男も知らない情報を
僕が持っていて
それが彼にとって重要ならば
彼は情報の取引に応じる…だろうか
普段このような思考など
一切したことのない僕は
何が目的かよく分からなくなった
僕はなにがしたい?
何が目的で電話を?
何をしても
兄が帰って来ない
だから自暴自棄になった
出来ることがないから
…電話を?
…座礁
なすすべがない
絶望より悪いこの感じ
だって謎を解いたとしても
なにも変わらないかもしれないんだ
破局ってこういうことなのかな…
終わるってこういうことなのか…な
母の「風呂に入れ」という声が
下から聞こえてくる
僕は風呂場のカミソリを
思い浮かべながら着替えを掴み
浴室に下りていった