失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
着替えを脱衣カゴに放り込み
浴室に入る
脱衣場の棚にあるカミソリ
僕の手首はまだ傷は治らない
長袖で包帯を隠しているから
親にはバレないが冷えると痛い
風呂には浸けられないし
意気地がないが今は
もう一度切る気にはなれない
僕は片手で頭を洗い
湯船にぼーっと浸かった
自分の血で真っ赤な湯船に
浸かって死んでいく自分を想像した
家族が悲しむ
兄の罪悪感をこれ以上増やすのか?
それを考えると死ねない僕がいる
のぼせ気味で風呂からあがった
身体を拭こうとして
脱衣カゴのバスタオルを引っ張る
いつものことだがやはり
カゴがひっくり返った
カゴを台に戻すと
着替えの山が床に築かれていて
その上に僕の服からはみ出た携帯が
ぽつんと乗っていた
あっ…
僕の脳裏をデジャブがよぎった
そして僕はその記憶に凍りついた
あの電話番号を見たのは
ここだった
それも
兄の携帯の履歴の中に
僕はバスタオルを取り落とした