失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】



あ…あ…

ち…がう

ちがう…

これはただの埋め合わせ

じゃな…い

だってこの部屋は悪意ではなく

悲しみで満ちてるからだ

兄はこの男がいたから

僕から離れようと決めたのか

兄は罪を背負って僕と生きるより

虚無と狂気に生きることを

この男がいたからこそ選んだのか

だって

この男が兄を打ち据える姿は

まるで復讐を超えた深い悲しみ

失ったものへの静かな慟哭

裏切りと拒絶への怒り

兄が諦めの中で破滅する快楽を

深い罪悪感への罰と安らぎを

この男が満たそうと

兄に与えて…




いくら打ちのめしても

終わらない復讐の悲しみ

どれだけ打擲されても

拭えない罪の絶望

ああ

この二人は

悲しみと空虚を

共有し合ってしまったんだ




男からどす黒い悪意を

はっきりと感じられないまま

僕はこの光景に言い知れぬバランス

のようなものを感じていた

兄の父親に初めて会った時に感じた

あのまだ見ぬ悪意の罠が

彼の死によって

なにか違うものに変容しているのを

僕は感じ取った

永遠に続く罪と罰の

無限のループ

完結したまま閉じた永久機関

終わりは

あるとしたら…死

そう…死しか

思いつけないぐらいに








< 118 / 360 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop