失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】



それは闇の姿を借りた

ある犠牲

そして

ある献身

僕は…僕は

ここで何をしてるの?

この二人はいずれ深く

愛し合うだろう

同じ人を喪った悲しみを

互いに慰め合うだろう

あの男の愛した人に似た兄を

憎み続けることなど出来はしない

僕があの人を兄の面影の中に

許してしまったように…





僕に兄の言う"人並みの幸せ"と

未来というモノを返すために

兄はその男にのめり込む

きっと兄ならそうする

僕の望んでいないものを

兄は僕に返そうとする

なぜなんだ

なぜ兄はそこまでして

僕にそれを返そうとするんだ

僕は要らない

そんなもの要らない!

でももうこれ以上

僕のことで苦しむ兄を

僕自身がもう見れない

愛の中…罪悪感の刃で身を刻むか

虚しさと悲しみの中で

贖罪の痛みだけを安らぎとして

生きるか

兄には幸せという選択肢が

無いのか




産まれた時から罪と秘密と死に

覆われて生きている兄には

幸せや未来なんて言葉は無かった

もしかして

兄は自分が奪われたものを

僕に返そうとしてるの?

本当は兄が送りたかった

もっと普通のささやかな人生を



普通の家庭…普通の親子関係

ノーマルの男女の付き合い…

そして結婚

兄には始めから無かったそれらの

ごく普通の人の営み

本当にそれを欲しかったのは




兄貴なんだ





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