失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】



僕は枯れ草の中にうずくまった

もうどうしていいのかわからない

この場に居ることも

この二人の行為を見続けるのも

僕が僕自身を傷つけていた

理解はした

なにか理解はした

余りにいろんなことを感じ過ぎたし

今のどうにもならない状況も

絶望的に示された

いつもそうだ

現実は僕の予想に応えた振りをして

その予想を簡単に凌駕する

僕は誰を恨むことも

憤怒に身を任せることも

禁じられているに違いない



わかった…兄貴

僕は帰る

きっとそれが正解だね

僕も時間が欲しい

あまりにいろんなことが一度に起き

頭も心も混乱して打ちのめされてる

いつ立ち直れるか

見当もつかないくらいに

自分の痛みをなにで慰めたら良いか

それすら思いつけないくらい…

此処を立ち去って

どうなるわけでもないんだ

だけど…もう…此処には居られない

闇のほうが

兄貴に

優しい





僕はのろのろと立ち上がった

この柵を越えなければ帰れない

僕はそのことにも打ちのめされた

脱力した身体を起こして

僕は柵に手を掛けた

独りでこんなことをしている自分が

馬鹿みたいで悲しくなった

滲む視界を手の甲で拭い

僕は柵を超えた




その時突然

僕の携帯の着信音が鳴り響いた

僕は慌てて柵から飛び降りた

携帯はまだ鳴り響いていた

僕はベンチコートのポケットから

携帯を引っ張りだし

急いでディスプレイの番号を見た

僕はそれを見て

頭の中が真っ白になった

それはなぜか

兄の携帯の番号だった








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