失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
見えない檻
明け方
僕は解放された
まだ薬が抜けきっていない身体は
泥のように重かった
帰り際に彼は言った
兄さんには言わない
君の身体が気に入ったから
また会おう
どこまでも堕としてあげる
兄さんの狂った身体と同じように
身体に闇を刻みこんであげる
君から求めるように
私からは離れられない
もし誰かに言ったら…
…解るだろう?
君たちの秘密は私たちの秘密に
なったんだ
言っている意味は解るね?
ではまた…
囚われた兄と僕
兄が知らないまま
同じ男と交わる
脅されて
犯される
あの時の兄と同じ
僕は早朝の町を夢遊病者のように
歩いた
今日もいつも通り
学校に行かなきゃ
家に一度帰って
学校の教科書…取って…
電車に乗る
心が何も感じない
吐き気がする
手首が…痛い
包帯…血が…にじんで
「うっ…」
手首の痛みが夜の記憶を全て
連れて戻ってきた
フラッシュバック
身体が震える
いやだ…いやだ…
心…を…閉じたい
耐えていたものがなし崩しに
心と身体に雪崩れこんでくる
気が狂いそう…だ
この記憶を閉じ込めたまま
日常を過ごすの?
いつも通り普通を振る舞うの?
耐えきれない
でも…どうすることも
出来ない
言いなりに
なるしか
それでも
家に戻った