失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
前もって兄のアパートに泊まると
母に昨日から言ってあったので
何事もないかのように僕は家に入り
母と目を会わせずに学校の支度をし
家を出た
まるで何事もなかったのよう…
異変は地下室に隠されたまま
誰か…気づいて…
という耐えきれない僕の心が囁く
だめだ…それは許されないよ
これが…これしか答えはないよ
誰も見ないで…
魂が抜ける
いつもより学校が遠い
薬が…
身体が…だるい
やっとのことで校門が見えた
遅刻ギリギリの時間
間に合ったことに
安堵と絶望を同時に感じている
教室へ向かう階段の途中
手すりを握った左手首が疼いた
またフラッシュバックが
吐き気
「あ…」
腰から砕けそうな感触が蘇る
不意に気が遠くなる
僕は階段を落ちた
近くにいた生徒の誰かが
数人駆け寄って来たが
僕の意識はすでに遠のいていた
ザワザワと人の声がして
僕を誰かが揺すっていて…