失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
気がつくと保健室だった
知らない生徒が保健の先生に
話をしていた
僕はベッドから起き上がった
自分がなぜここにいるのか
一瞬理解できなかった
「あ…気がついたね」
僕にはお馴染みの保健の先生が
こちらにやってきた
保健室の時計はまだ
一限目の始めを指していた
僕はそんなに長くは倒れてなかった
らしい
「どこか痛いとこある?」
僕はベッドから下り
足踏みをしてみた
関節は痛くないが
脛と尻が打撲の痛みがあった
「足とケツ…痛いです」
「頭痛くないかな?」
「いいえ…痛くないです」
「階段から落ちたの…覚えてる?」
「あ…はい…」
「頭打ったか覚えてるかな?」
落ちる時の記憶は辛うじてあった
「あ…えと…大丈夫です…打って
ないです」
「どうしたの?踏み外したかな…
それともいつものパニック出たの」
「…はい」
僕はウソをついた
正確にはウソじゃない
"いつも"のパニックじゃないだけだ
パニックより悪い
「最近あんまり保健室来てなかった
のにね」
保健の先生は少し残念そうに言い
僕の打撲を治療した
メンタムの匂いがツンと鼻孔をつき
貼られた湿布がヒヤッとして
うう…とうめき声が出た
保健の先生はパニックの心療内科を
紹介してくれたり
カウンセリングを勧めてくれたりと
僕には担任よりむしろ
この先生の方が親近感があった
「血圧だけ測らせてもらうわね」
先生はそう言うと
僕の左手の袖をスッとめくりあげた
僕はぼーっとしていて
自分の左手に隠さなければならない
傷があることを
すっかり忘れていた