失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「これ…怪我?…ちょっと血が
にじんでるわよ!」
先生は僕に構わず包帯を外した
手当てのない裂けた傷口が
血まみれになっていた
「わ…ひどいね…これ」
彼女は僕の顔をいぶかしげに見た
「切ったの?」
ヤバい…見つかった
「ああ…はい…えっと…風呂場で
カミソリ持ったまま滑って」
「…ああそう…ずいぶんまた深く
切ったのね」
とっさに出たウソはきっとバレてる
と思わせる彼女の疑わしい顔を
僕は見ないようにして取り繕った
「…リスカじゃないですよ」
彼女の顔が少し安心した感じに
変わったように見えた
ケガの救急用ワゴンを引っ張り
彼女は僕の傷口を手当てしながら
ヤレヤレというように言った
「びっくりした…まーさかって
疑っちゃったじゃないの」
「まさか…そんな」
僕は完全に真逆のことを言った
「傷口…開いてるわね」
「さっきそこちょうど階段で
ぶつけちゃって…痛かったんで」
「わぁ…ついてないね」
「あぁ…ですね」
ついてないでは済まないけど
僕はウソがバレないことを祈った
「まだ一限目始まったばかりだけど
少し休む?二限目からにする?」
出来れば半日くらい眠りたかったが
そうします…ととりあえず言って
僕は保健室で休んだ
僕は初めてパニック障害に感謝した
不思議なことに
他人に傷口の手当てをしてもらった
そのことがほんの少し僕の気持ちを
緩めた
ベッドに横になると
すぐに眠りについた