失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
僕の孤独は
またその深さを増した
兄が言う“悪夢の中の人生”
僕もその中にいた
兄を追いかけて
いつの間にか
兄の居る悪夢の中へ入り
その闇に取り込まれる
アリスがウサギを追いかけて
穴に落ちる
落ちた先は不思議の国じゃなくて
悪夢の廃墟
この世から隔絶された
悪夢の世界に僕は居た
僕の中で夢と現はとうとう逆転した
この世で"暮らしている振り"を
し続けなければならない
秘密を人質に取られているため
この世での破滅は選択出来ない
なにもなかったように
この世を息を殺して
やり過ごす
僕は愛する人達を絶望させない為に
悪夢と日常を往き来するしかない
それは誰も知らない
知られてはならない
いつ終わるか誰もわからない
孤独
兄と共有していた頃には
感じることのなかった感覚
いま僕は独りきりだ
楽しげに笑う同級生
部活でふざけあう先輩たち
町行く親子連れ
普通の生活の中にいる両親
僕は誰とも共有出来ない
共有しようがない
僕自身ですらこの乖離を
まだ受けとめられない
いつか受けとめられる日など
この僕に来るのだろうか
兄が言っていた意味が
僕にようやくわかったのだ
生きている振りをする
そしてそれを理解したのに
僕の隣に兄はいない
いや…いないから
理解したのだ
夜のベッドの中で
独りで眠る
兄に抱かれていた暖かさと
あの男に弄ばれた冷たさが
入れ替わり僕を苛む
また週末
僕はあの男に呼び出される