失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
ぼろきれのような感覚で
車の中で目が覚めた
いつものように助手席に座らされて
ボロボロの人形のような身体を
シートベルトに支えされていた
車は止まっていた
どこ…だ…ろう?
あのあと縄を外されて
更に激しく男たちに犯されて
泣きながら自分から求めて狂った
長い長い饗宴
僕は
堕ちた
記憶がどこからか途切れていた
きっと意識を失ったんだろう
わななく思うように動かない身体を
少しづつ動かし左に視線を移す
隣には彼が目を閉じて
シートに深くもたれていた
目をあげると
視界の向こうは
海だった
僕はしばらくシートに頭を預けて
ぼうっとそれを眺めていた
「なぜだ…なぜいくら汚しても
汚れない…?」
目を閉じたまま彼が呟いた
僕が意識を取り戻したのを
わかったようだった
「私と真反対だ…私は存在自体が闇
汚辱そのもの…だから皆自分を
貶めるために私と交わる…君は
たとえ狂っても…汚されない…
闇の中で魔物にとり憑かれても
君の闇はなぜか…光りを放つ…」
僕は黙ったまま廃人のように
焦点の合わない視界に映る
夕暮れの海の色を眺めていた
「今君の兄さんは魂の抜けた人形だ
空っぽの身体を私の闇で満たしてる
君の兄さんには元々闇がある…私と
微かに響き合う絶望という名の
闇が…」
彼は大きくため息をついた
「君はなぜ…絶望しない?」
僕に訊くともなく彼は尋ねた