失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】

眩暈




風景が揺れている

冬の陽炎のように

視界がいやに狭い

足がもつれ

上がらない

真っ直ぐ歩くことが難しく

きっと周りからみたら

ただのジャンキーみたいだろう

神経が激しく消耗している

車から降ろされた場所が

どこだかわからない

雑踏にこづかれ舌打ちされてる

僕はどこを歩いているんだろうか…

行き交う車の赤いテールランプが

目ににじんで煩いほど連なって

薄暗い夕暮れの歩道には

人が溢れている

電気店のBGMが頭の中で鳴り響き

自分が何をしようとしているか

分からなくなってくる

い…えに…帰…る?

僕の家は…どこ…だ

不意に改札が見えてくる

駅の名前がわかる

知…ってる…こ…こ

切符を買う

エスカレーターでホームに昇る

急行がすごい勢いで通過していく



急に視界が暗くなる

停…電?

平衡感覚がスッと消えかける

目をこすっても暗い

暗…いよ…

上と下がなぜか入れ替わる

「えっ…?」

身体に衝撃が走る

固くて冷たいものが

僕の下で身体を支えている

それがホームのタイルだと気づいて

僕は自分が倒れていることを知った

周りから人が集まってくる

急いで起き上がろうと身体を起こす

「大丈夫…です…」

身体がグラッと揺れる

また上と下が分からなくなる

頭に衝撃が走る

立てない…意識はあるのに

頭から生ぬるいものが顔に伝う

駅員らしい人の声

「救急車!頭打ってます」

ああ…やばい

病院は…行きたく…ない…の…に

意識が朦朧としてくる

言葉が出ない

救急車のサイレンの音が遠くから

近づいてきた

行きた…く…ない…んだよ





僕は病院に運ばれた



このバランス…は

彼の…ミス…だ…

崩れるよ…均衡

悪夢…と日常…の

干渉…し合わな…い…

ラ…インが…ね…





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