失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「…何から話したらいいか…わから
ない…ずっと今まで封印してたから
…あなたのお父さんと出逢って…
離婚して…あなたが生まれて…私は
あの悪い夢から解放されたと思っ…
思おうとしてたから…」
母は兄と同じように"悪夢"と言った
「私は世間知らずのお嬢さんで…
あの人は年上で魅力的だった…そう
とても…ね」
母は少し淋しそうに笑った
「彼は私の年上の従兄弟(いとこ)の
高校時代からな親友で…とても仲が
良かった…私のいとこは私の実家の
近くに住んでて…私が小さい頃から
可愛がってくれてた…親戚なんて
大きくなれば自然に付き合いも減る
のが普通だったけど…その彼とは
なぜか高校…大学と良く遊んだわ…
いとこが高校の時…あの人と知り
合った…良く三人で出掛けたの…
二人はいつも一緒だった…大学を
卒業しても…ね…そして私は」
母は少し口ごもった
「あの人に恋をしていた」
母は後悔と憧れと悲しみの
入り混じった表情をしていた
「彼は頭が良くて…繊細で…悲しげ
だった…彼の翳りに私は惹かれて
しまった…どうしようもなく…ね
彼は同世代の若い男性と違って私を
女扱いしなかった…それが私には
嬉しかった…私が一人の人間として
見られているような気がした…彼に
逢えるのが待ち遠しくて…従兄弟の
電話をいつも待ってた…いとこは
私の期待をはずさなかった…なぜか
わかる?」
母は遠くを見るような目をした
「彼は私のことが好きだったから」