失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




「私達は結婚した…彼は大手の新聞

社の記者をしていたからとても忙し

い毎日だった…残業はしょっちゅう

だし…帰らないこともあった…でも

彼は頑張っているからと私はそれを

なんの疑いもなく受け入れていたわ

でもあの子が生まれて…彼は変わ

った…彼は記者の仕事を内勤に変え

子供のためにと言って早めに帰って

来るようになった…私はそれも嬉し

かった…彼が子供を可愛がってくれ

て…お風呂や…寝かし着けるのさえ

みんなしてくれた…休みにはあの子

と二人で遊びに行ってくれた…私の

一人の時間を作った方が良いって…

私はそれを真に受けた…慣れない

育児から少し解放されて…大学の

友達と会ったり…実家で両親と寛い

だりして過ごした…知り合いからは

羨ましがられて…私は幸せだった」

母はフッと笑った

「…何も…なんにも気付かなかった

人の良い真面目な両親から…私は

人を疑う事を教えられなかったの

分かるでしょ?…おじいちゃんも

おばあちゃんも…まっすぐに生きて

それで周りの信頼を得て暮らして

きたの…こんな世界とは無縁に実直

にね…」

祖父と祖母は堅実で

優しい人達だった

この世の影とは無縁な生き方の二人

「でも私の夫は違った…彼は

あの子を自分の息子ではなく…

いとこの分身として愛し…た…

そして…私を生き地獄に墜とすため

に…」

そう言いかけて母は

口をつぐんだ

みるみる母の目に涙が溢れ

母の膝に涙が滴り落ちた

「母さん…」

「母さ…ん…ね…これを思いだすと

いまでも…パニック…になりそう…

に…なる」

母は僕の発作のように過呼吸に

なりかけていた

「辛く…て…苦しくて…あの子が

無惨…で…」

母はベッドに顔を埋めた

僕は茫然としていた

人はこんなに残酷になれるのか…と

震えた

そして今僕に復讐しているあの男が

兄の父親に重なりあっていった






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