失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「とにかく私は離婚した…彼はすぐ
に判をついた…今まであんなに愛し
ていた彼はもう悪魔にしか見えなか
った…私はしばらく鬱で病院に通う
毎日を送っていた…」
少し黙ったあと母は僕に聞いた
「これで…良い…?」
「ごめん…酷いこと…訊いた」
「ううん…あなたは悪くない…知ら
ないのは…辛いもの」
母は僕を見た
「お兄ちゃん…今…どうしてる?」
僕は唇を噛んだ
「自分が生きてることが罪だって
自分を殺して…自分を罰してる」
「あの子…あの子は何も…何も
悪くないのに…」
生まれる前から復讐の道具にされた
僕の兄
魂に刻まれた父親の呪咀
人を傷つけ父親の渇望を埋め合わせ
自分の母親を
生き地獄に引きずりこむように
仕組まれた復讐の器…
そんな残酷な生が有るのか
有って良いのか…?
僕は兄の底知れぬ罪悪感の源に
触れていた
あんなに知りたかったその原因…
だが母の告白のあまりの凄惨さに
訊いた僕がしばらく立ち直れそうに
なかった
母の告白を聞いて僕は
兄が仮にも社会の中で
今まで生きていられたことが
奇跡のように感じた
「母さん…話したわ…今度はあなた
が知ってること…話して…」
母は僕を見つめていた
「兄貴にも親父にも…秘密にして
くれたら…話す…」
母の勇気に少しでも報いなければ…
と思った