失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
兄と僕は少し黙ったまま
部屋の中のいつもの居場所に
それぞれ座っていた
僕は自分の勉強机の椅子
兄は自分のベッドに腰かけて
何から切り出そうか
僕にはまだ決められなくて
頭の中で言葉を探していた
「この部屋…少し広く感じるな」
兄はそんなことを呟いた
「自分の心かな…違って見えるんだ
秘密で苦しいほどここは濃縮された
空間だったはずなのに…今なぜか
少し広く思える」
僕にもそれは少しわかった
「うん…電気が明るくなったみたい
不思議だね」
僕らは互いの目を見た
想いは互いの胸に
苦しいくらいいっぱいなのに
それは言葉には少ししか変換されず
僕はまだ言葉を見つけあぐねていた
兄は言葉を継いだ
「お前に…なんて言ったらいいか…
またお前に救われて…俺は感謝の
言葉が見つからない…」
兄はそう言って視線を落とした
その言葉を聞いてようやく僕は
話す気持ちを決めた
「兄貴」
その声に兄は目を挙げた
「何から話していいか…分からない
けど…聞いて」
兄はゆっくり頷いた
僕は話し始めた
「それが…僕の心に芽生えたのって
何時だったのか…な…」