失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】





「じゃあ…なんだったんだよ…今日

の…体が動かないって…僕を迎え

に呼んだのって」

兄が息を詰める音が聞こえた

その次に出た兄の言葉は

僕の耳を疑うような言葉だった




「…親父の借金のカタにされた」

「どういう…こと…?」

僕の頭の中は一瞬凍りついた

「今日いつも通りあいつのマンショ

ンに行った」

「いつも通りって…」

兄はあいつに頼まれて通ってたんだ

「部屋にあいつは居なかった…少し

待ってたら知らない男が二人入って

きて…ヤクザみたいな柄の悪いヤツ

で…」

「兄貴…もしかして」

「……いきなり薬を嗅がされて」

すーっと血の気の引くのがわかった

兄が…奪われた

「…抵抗する間もなかった…意識が

朦朧として…やつらに二人がかりで

代わる代わる…長かったな…」

僕はあまりのことに声も出なかった

ただ寒気が全身を包んでいた

「…死にたい…と本気で思った」

兄はまた少し笑った

「もうこんな世界…うんざりだ…

って…でも…」

「…でも?」

僕の声も震えていた

「終わったあと這うようにしてあい

つの部屋からタクシー呼んで…家に

帰る時…お前のことだけ考えてた」

僕は泣き崩れそうになるのを

必死で堪えていた

「死ぬのはやめた…お前に迎えに来

て欲しくてメールしたんだ」

「兄貴…もう話さなくて言いから」

「生きていていいかな…俺は」

僕はひとりでに兄を抱きしめていた

兄貴が死んだら僕も死ぬ

僕は本気でそう思った





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