失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




ああ

みんな報われない幻影を追って

悲しみを連鎖させて

悲しい原因が悲しい結果を産み

その悲しい結果が次の業を生む

なぜ人の世はこんなに

報われない悲しみに満ちて

流れ続けているんだろう

皆が苦しみの中にいる

もうやめたい…

僕はそう願わずにいられなかった

「ね…兄貴…二人でもう一度だけ…

祈って欲しい」

「なにを…?」

兄は僕に聞いた

「その…彼のこと」

兄は頷きながら大きく息を吸った

「そう…お前の言う通りだ…彼が

一番悲しいかも知れない」

「彼にも幸せを」

「ああ…彼にも幸せを」




僕たちは再び祈りの時を歩いた

彼の闇を光が癒すように

彼の渇きを愛が癒すように

もう誰も悲しまないで…と

すべての運命のねじれた糸が

ほぐれて真っ直ぐに

なりますようにと




彼はまた

僕を貪りに来るんだろう

兄は身体を慰めに

彼に逢うのだろうか

僕の中に何度も彼の姿が

浮かび上がり消えていった

彼から犯される苦しみが

この先も続いていくのか

僕にはわからなかった










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