失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】





だがその時僕は

空白の未来に

何かがシュッと横切るのを

見た気がした

これが世間を欺く仮の目的…

しかもギター

しかもこの非現実的かつ非日常的な

音楽という景色

僕はそこでなら息をしていけるかも

「乗った」

「お前ならそういうと思った」

「僕は架空の人生を生きる」

「人生なんてみんな架空の物語だ

だがオレたちは自分でシナリオを

書いてやるんだ」

こっ…コイツ…

このバカがカッコ良くみえるあたり

僕にも病気が感染ったらしい

ただ病気になれることは

人生で大事だと思う

こんな目的

発熱でもしていなければ

乗れることはないだろうしな

「応募の締め切りは何時だ?」

「7月10日デモテープ締め切り

それから夏休みかけて地区予選だ」

「デモテープ!うわ!」

「当たり前だ…まずデモ審査で半分

以下になるんだぜ…とりあえず顧問

は巻き込む…アイツは機材オタク

だからな」

「あ…ドラムのマシなやつ見つけて

来なきゃ」

「この際新歓を利用して二年か三年

の楽器出来る部外者を囲いこむ」

「新歓重要じゃんよ」

「うちの部は三年がどこまで付き

合ってくれるかだな」





斯くしてにわかになにかが始まり

僕の願いがひとつ叶ったといえる

兄が物理学に身を潜めていたように

僕は音楽に身を寄せる

モノになるかならないかなど

構わない

仮の目的

仮の方向

仮の行き先

僕の青いフェンダーと

新たな自意識過剰の相棒と

ヤツの言う『吐き出したい想い』

のために

僕の兄への想いを代弁してくれる

かのようなヤツの詩

それにふさわしい曲を作る

…今は寄せ集めでも構わない

僕らには高校生としての

完成があるんだ

拙くとも





祈りを歌に託したい

ふと

そんな言葉がどこかから降りてきた

もろびとこぞりて

みたいに









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