失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
バスで30分ほど走った
郊外のバイパス沿いの複合店舗の
だだっ広い駐車場の一番端で
彼は車で待っていた
いつものように僕は
車のフロントを横切る
助手席のドアがスッと開く
彼はいつも通り微笑んでいた
だが車に乗りパーキングを出た瞬間
彼はいきなりウィンカーも出さず
いきなり方向を真逆に転換した
そこでの車線変更はどう見ても
道交法違反
それにいきなりのこの速度
僕は遠心力で窓に頭をぶつけた
「ちょ…」
「ちょっと飛ばす…つかまれ」
彼はバックミラーをチラッと見ると
黄色から赤に変わる信号を
躊躇なくぶっちぎっていく
普通なら僕にすぐ薬を飲ませ
知らないうちに知らない場所に
着いているところなのに
今日はいつもと様子が違った
急な車線変更を何度かして
急な左折と右折を繰り返した
そのうちそれが少し収まり
彼は初めていつものように
缶ジュースと薬を僕に手渡した
「どうしたの…」
僕は彼に思わず聞いてしまった
彼は前を向いたまま無言だった
薬はいつも通り早く効いてきた
僕の意識はいつも通り
急速に消えていった