失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




気がつくと知らない部屋にいた

服を着たまま縛られもせず

ただベッドに寝かされていた

ホテルかなにかだろう

彼はカーテンの隙間から

チラチラと外の様子を窺っていた

今日は何かが違っていた

彼の気持ちは違う方へ向き

しかも予定外の雰囲気を

匂わせていた

僕は身体が動くのを確かめ

ベッドから身体を起こした

彼はいつもより敏感に振り向いた

「起きたのか」

「…」

僕の返答を待たず

彼はすぐに窓の方を向いた

「なにか…見てるの?」

僕は聞いた

「…」

彼は黙っていた

「今日は…なんか違う」

彼は口を開いた

「ああ」

「なんで?」

「そのうち…わかる」

そう言うと彼はカーテンを閉めた

「人の世はチェスより複雑という

ことだ…情報の数と組み合わせ…

突発的な変化…こちらの慎重さ

能力と知力…パラメータの間違いが

致命的な結果を招く」

彼は僕の隣に座った

「私は穴を作らないのが長所だ…

常に最悪の事態を想定しているし

大概予想の範囲だからね…だが…」

彼は無表情に僕のパーカーの

ジップを下ろしロンTの裾から

手を入れた

「あ…」

「何かが違う…すべてのパラメータ

が今までと変わる…有り得ない」

「んっ…」

彼は首筋に顔を埋めてきた

いつもの陰険さが

なぜか少し弛んでいるように感じた

僕の身体が愛撫に反応している

嫌悪と快感の入り混ざった

おぞけるような何とも言えない感覚

その時彼は僕に問いかけた

「君は兄さんに何をした?」

兄と言われただけで

僕はビクッとした












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