失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




やっぱり

やっぱりそうなんだ

僕の中に彼の悲しみが

溢れてきそうになった

彼はきっと絶望的な悲しみの中で

自分の心を封殺して生きてきた

初めて彼は自分の過去を漏らしたが

彼にとってはこんな告白事故も同然

だがこんな形で僕は

彼の悲しみの源を

垣間見てしまった

「…ごめん」

僕の心は暗く沈んでいった

「正論を言ったのに謝るのはナンセ

ンスだな」

彼は再び無表情に戻った

「君の言うことは正しいよ…正しい

からどうなるわけじゃないがね…

君は無謀で…愛されていて敏感で…

私に抱かれてよがり狂っても何も変

わらないで…私はそういうヤツとだ

けは関わらないようにしてきたのに

はた迷惑なアトラクションだな」

彼は自分に呆れたような顔をした

彼はまたいきなり方向を変えた

初めて見る広い公園の裏手にある

パーキングに車を寄せた

いつの間にかかなり山に近い場所に

僕たちは来ていた

「疲れた…休憩する」

彼は車を降り近くの自販機で

温かいコーヒーを買ってきた

その一本を僕に手渡した

「バカみたいなドライブだ」

「そうでも…ない」

缶コーヒーを開けながら

僕は答えた

今までの彼との逢瀬で

一番マシな日だと思った

ケンカ腰で互いに言い合ううちに

いろんな事がわかってしまい

そんな気は毛頭ないはず

なのにも関わらず

彼との距離が近くなったようにさえ

感じて僕は戸惑いすら覚えた

彼は運転席に深くもたれて

缶を開けずに手の中で転がしていた

「君は大馬鹿なんだな」

笑いもせず彼は呟いた

「君は本当に…私のために祈るんだ

ろう…」

彼はしばらく黙り

缶をダッシュボードに置いた

僕は飲み終えた缶を

足元のゴミ箱に捨てた

「コーヒー…ありがとう」

僕は彼の顔を見ずに

うつ向いたまま礼を言った

その時彼の手が

いきなり僕の腕を力任せに引いた

僕は彼の胸の中に倒れていった








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