失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




抱きしめられた身体が

なぜか熱くなっていく

彼の鼓動が僕の耳に響く

初めて聞く彼の心臓の音

少し早く聞こえるのは僕の錯覚?

初めて嫌悪に触れてない

彼との抱擁

いや抱擁すら初めてかも知れない

「どうしたらいいんだろうな…」

僕を抱きしめたまま

彼は耳元で囁いた

「君のようなバカな子は殺してしま

いたいはずなのに…こんな最後の日

に…私の心の中に君が…残ってしま

うのか…憂鬱だ」

彼は信じられないことを囁いていた

「可愛いよ…とても…自分の頭を

疑うが…この非常事態だから仕方が

ないとしても…自分に機嫌が悪くな

る」

そう言うと彼は黙りこんだ

沈黙の中で彼は僕を抱きしめたまま

じっと動かなかった

僕は心臓の動悸が止まらなかった

沈黙が痛い

どうしていいかわからずにいると

唐突に僕はもうひとつの

症候群の名前を思い出した

「リオ症候群…だね」

沈黙を破り彼は吹き出した

「それは"リマ症候群"だ」

僕は良く知らないことを

口にするのはやめようと

深く反省した

「そうだな…そういうことにしよう

…君はストックホルム症候群で私は

リマ症候群…二人とも病気なんだ」

彼は笑いながら僕にキスした

信じ難いことに

彼のキスで身体が疼いた

彼に身体の反応を気づかれないよう

僕は息を殺した

「私の好きな闇は反撃してくる

接点すら見い出せないはずの君が

心に足跡を残す…私も焼が回ったの

かな…」

彼は呆れたように苦笑した

「さて…行くか…最後のドライブを

しよう」

彼はもう一度僕の唇にキスをした

「んっ…」

僕の身体が勝手にピクッと痙攣した

「君…」

僕は唇を噛んで横を向いた






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