失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「感じたのか」
彼は少し驚いたようだった
僕は恥ずかしさに声も出なかった
身体だけじゃ…ない
気持ちが
彼に…
それもまた僕を戦のかせた
「欲しいのか」
彼は明け透けに聞いてきた
僕は恥ずかしさと欲情とで
身体が更に熱くなるのを感じていた
だが何も言えることはなかった
「言ったらどうだ…私が欲しいと」
彼は僕の耳元で囁いた
「君の身体はもう普通じゃない…
辛いだろう」
僕はまたキレそうになった
「あなたがそうしたんだろ!
…あんな…ひどい」
「だから君も言っただろう…これは
犯罪者と人質の異常な心の交流だ
君が私のキスで震えるのが悪い
私を憎まない君がね…」
彼は僕の耳元で囁き続けた
「や…やめ…」
あまりのことにパニックを
起こしそうになる
「私も同情している自分が不思議だ
こんな気分…自分とは思えない
なんという居心地の悪さなんだ」
彼は低い声で呟いた
耳にその声が響き頭がクラッとした
「…も…もう…やめて」
「何を止めるんだ?…声だけで感じ
てしまうのか?」
彼は僕の耳にフッと吐息をかけた
「あっ…」
僕はたまらずのけぞった
「こんなになって…まだ強情をはる
つもりか?…早く欲しいと言えば
良い…君は壊れてるんだ…しかも
君のせいじゃない」
彼は僕をそそのかしているのか
それとも楽にさせようと
しているのか…わからない
それより車を出さないと…
彼の危険の方が心配だった
「…はやく…逃げないとあなたが
危ないよ…もう行かなきゃ」
僕は彼の両腕を掴み
肩で息をつきながら彼にそう言った
「……」
なぜか彼は黙りこんでいた