失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




そのくちづけは

砂漠の水のように甘く

甘いほどに僕の胸を焦がした

互いに舌を求め合い

激しく身体を掻き抱き

心を求め合った

いままでの苦しみを

すべて洗い流すかのように

彼の唇が指が僕の涙を拭った

僕たちは闇の中でなく

心の明かりの中で抱き合っていた

最後なのに

いや…それは最後だから

この時以外に僕たちを

包みこめる時間はなかった

最後だから

あの人も兄と

最後だから結ばれた

本当の思い遣りと心の絆で

だからこの人も

死を賭けた最後という

たった一度しかない優しい時間を

神が与えてくれたのだと

僕は泣きながらそう思った



彼は優しかった

優しい彼は兄に似ていた

悲しいほど

兄に似ていた

互いを貪ることなく

与え合って溶け合って

心が寄り添う

身体が熱を増す

熱い彼の肌に初めて触れる

その熱が僕の熱になる

彼の喘ぎ声を初めて聞いた

苦しそうな

嗚咽のようなその声に

僕の心が痛み高鳴った

感じてる…

彼が僕を

僕が彼を

この一日は僕とあなたの織りなす

完璧な宇宙のひとつの美しい彩り

とても…美しく

そして切ない

たった一日の中に凝縮された

僕たちのすべて

僕は初めて兄でない魂に心を預けた

でもそこに

また同じ愛を見つけてしまう

何度でも僕はその愛に触れるだろう

名前のない

その大きく深いものに





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