失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】

血糊





夜中目が覚めた

意識が戻ったみたいだ

僕は兄のベッドに寝かされていた

あの身体で僕を引きずり上げ

兄はきっと上の段の僕のベッドで

寝てるんだろう



…上のベッドから小さな声が聞こえ

てきた…兄の声だ

僕は下のベッドを出て

木製のハシゴを静かに上っていった

豆電球の小さな光に目が慣れてきた

兄は苦しそうに喘いでいた

僕の過呼吸の発作のようだった

掛け布団を抱いて顔をしかめ

小さくうわ言のように呟く

「たすけて…やめて…やめて…」

と…

兄はうなされていた

ハシゴの途中に立ちつくしたまま

僕は泣いた

壊れちゃうよ…

兄貴が壊れちゃうよ…

僕には今どうすることも出来ない

僕が起こせば兄はもっと苦しむかも

今兄は夢の中で見ず知らずの男達に

犯されているんだろうか

それとも兄の父親に…?

「あ…もう…許して…お願い…もう

…ああ…いやだ…駄目…だ…め…

お願いだから…やめて…痛い…

痛いよ…やめ…」

兄貴…起きて…早く覚めて

そして僕に言って

ただの悪夢だって

俺が悪い夢を見ただけだって



でも兄が苦しげに寝返りを打った時

僕は兄の寝巻きのグレーの短パンに

まだ鮮やかな血糊が広がって

それがシーツにも点々と着いている

のを見た



これ…血が

止まってない?

兄貴…どんだけ酷いことされた?

きっと酷い裂傷になってる

兄貴…病院行かなきゃ

どうしよう…

起こさなきゃ

でも…今からどこの病院に?

どう説明したらいいのかわからない

ああ

これは夢なんかじゃない

僕はもう現実に抵抗できなかった

悪夢に現実が侵されていく

止められないよ…兄貴







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