失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】




家では部屋にひきこもっていた

なにもせず机に突っ伏したまま

ずっと考えていた

誰にも話せないし

話したところでこの異常な事態は

誰にもわかってはもらえないだろう

いつもの通りの孤独と非日常

吐き出したい

思いが溢れて収拾がつかない

どうしたらいいのか

わからない






ふと壁に立て掛けてあるギターが

目に止まった

しばらく弾くことを

いやギターがあることを忘れていた

毎日弾かないと上手くなんないのに

僕は久しぶりに

ギターを膝の上に乗せた

しばらくフレットを押さえながら

パラパラ爪弾いているうちに

ヤツの書いた歌詞のことを

思い出した

曲つけろとか言ってたな

歌詞まで作れとか無茶な要求

僕はカバンから

汚いルーズリーフを取り出した

そういえばあいつも吐き出したくて

これを書いたんだよな

切ない誰にも言えない思いを

したんだろう

僕も今なら書けるかな

だってこんな…




僕は引き出しからルーズリーフを

一枚取り出した

それから机に転がってる

シャーペンを握った



君にこの愛をあげる
誰にもわからないように
君に愛の言葉を告げる
君だけに届くように



切ないな…

改めてそれを読んで僕は思った

僕は何を吐き出したいのだろうか

悲しみ?

孤独?

いや…この歌は

悲しみを越えて《君》にあげる歌だ

秘密で誰にも言えない切なさの中で

それでも愛がこの世界で最強だ

と言いたいんだ

僕の中から溢れてくるもの

それはなんだろう

逢いたい

なぜ逢いたいの?

なぜ逢いたいんだろう

好き…だから

それだけじゃない

彼のそばに居てあげたい

なぜ…?

彼に

あげたい

彼を抱き締めたい

彼が言ったから

(愛なんて知らない)

あげたいんだそれを



君にこの愛をあげる



僕はその気持ちが

まさにこの最初のバースに

込められていることを知った








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