失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
「お前…すげぇ」
部室の隅でヤツは机に両手をつき
そう言って固まっていた
「歌詞が良いから…メロが勝手に
出てきた…自分でも驚いた」
歌いながら弾き終わった僕は
ギターを抱いたまま放心していた
何かが終わったような気分だった
それはそんなに悪くない気分だった
寝ないで一晩で曲を作って覚えて
詩を書いた
何かにとり憑かれたような
異様な集中
それを持って久々に
僕は部室に顔を出した
見た目(中身も)ボロボロで…
サビのフレーズは彼のために
ラストは
兄のために
僕の大事な大事な思い
これで良かったんだろう…か?
自分で評価するのは
おそらく無理…だ
「他人が書いた続きとは思えねぇ…
お前も…恋か?」
ヤツは最後の方は声を落として
僕に訊いてきた
そうだ
苦しいほどの恋だ
僕は答えの替わりにフッと笑った
「ねぇねぇ~それ誰の曲?」
女子の先輩が訊いてくる
「オレらの曲ですよ」
「えっ…マジ?」
「マジっす」
ヤツは自信に満ちて言い切った
「なんか…切なくて良い」
「まぁ…切なさにかけてはオレらの
右に出れるのは世界でも50人ぐらい
だと思いますよ」
「いやホント…不覚にも聴き入って
しまったわ…お前のとは知らず」
「うわー!天才だねって素直に言っ
てくれれば良いのに」
「バカス!自意識過剰!」
「慣れて下さい…いい加減」
いつもの部活の
ヤツと先輩の応酬を聞きながら
僕は心が少しづつ平穏を取り戻して
いくのを感じていた