失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
僕はひとつ大事なことを知った
心の中の苦しみや
声にならない叫びを
こうやって音と文字で形にしてやる
素直にありのままを外に出せれば
心が何かを納得するみたいだ
ということ…
いままで何気なく聴いていた歌は
そんな風に創られているのかも
知れないと
僕はブルーハーツの
『ひとに優しく』を頭の中で
思い出していた
確かに気が狂いそうになるよね
愛して愛して思いが届かなくて
自分の孤独に耐えて
人の孤独にも苦しんで
でも
歌の最初から気が狂いそうだは
すごい
一晩心の声を拾い続けても
手のひらからこぼれていく経験を
した
言葉を心のそのままつかんで
取り出す
それは並みじゃ出来ない技だ
でも良い作詞家はきっと
それが出来るんだなと
僕はヤツの出来上がった詞を見て
どうにかこうにか作ったわけで
作詞の才能はヤツが上だ
でも驚いたのは
良い詞には最初から
音符がついてるっていう
恐るべき事実だ
僕はヤツにそれを話した
ヤツはそれを聞くと変な顔をした
「普通はそんなことは起こらないぞ
お前がヘンなんだ…なんだその
“最初から文字に音符がついてる”
って…お前はミケランジェロか?」
残念ながら僕がミケランジェロに
ついてさっぱりわからなかった
「ミケランジェロはな…有名な彫刻
家だぞ…ああ…お前世界史選択じゃ
ないから知らないか…世界史の授業
で聞いたんだよ…彼は言った『私は
石の中に入っている像を掘り出して
いるに過ぎない』ってさ…歌詞に
音符が着いてるってさ…モーツァル
トなら言っても信じるがな…もし
お前がホントにそうならそれが
『天才』ってやつだぜ?」
ヤツはしばらく腕組みをして
黙ったまま何か考えていた
そして遠くを見つめながら呟いた
「オレ達…組んだら…日本のジョン
とポールになれるかも」
残念なことに
僕はそのジョンとポールが誰か
にわかにはわからなかったのだった