失われた物語 −時の鍵− 《前編》【小説】
遠雷
外は暗く
雨が降り始めている
遠くに雷の音がする
時々ぼんやり窓が光る
夕暮れなのに真っ暗な空だ
部屋に一人で居る
風で雨粒が窓にバラバラと当たる
さっきから心がざわざわと
狂おしさをまして落ち着かない
今日の部活のひとときで回復したか
のように思えた精神の疲弊が
まだ深く僕の中を占めて離れない
雨音が激しさを増す
不気味なほど暗い窓に稲光が閃く
気が狂いそうな不安を抑えて
机に突っ伏して耐える
僕はあることに気がつく
僕はまた
男を愛した
僕はゲイじゃないと兄貴は
言ったよね
僕はまだ引き返せるって
だけど兄貴
僕はまた男の人に惹かれたんだ
僕は
僕も
兄貴と同じ
同性愛者かも知れない
事実と想像はいつも異なる
そうなるまでわからない
兄貴に言われたとき
僕はそんなことどうでもいいと
思った
僕は兄貴が好きなんだと
男だから好きになったんじゃないと
あの日彼に惹かれた自分を
さっきまで兄を愛したのと
同じように感じていた
でもそれは
普通じゃない
僕は気が遠くなりそうな
意識が遠のくような感覚を覚えた
僕はゲイかも知れない
本当に
自分が愕然としている
なんてディレイな気づき
自分が本当にそうなのかもと
いままで考えたことがなかったのだ
一切